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2016年9月30日金曜日
『愛車のありがたさ』
ハイダ・グワイ出発日。
船の出港時刻が夜10時なので、最終日の今日はトレッキングの予定!
目指すは座礁船のある"Pesuta Shipwreck Hike"。
ホストマザーお薦めのトレッキングポイントなのですが、
平日昼間はお仕事のあるホストマザーが、
『申し訳ないけど、送迎ができないの。ヒッチハイクして行ってらっしゃい』と・・・
カナダでは、ヒッチハイカーを車に乗せるのは違法という所がほとんどです。
しかし、ハイダ・グワイではバスやタクシーがないため、
ヒッチハイカーを拾ってくれる島民がたくさんいるのだとか。
『私も、何回もヒッチハイクしている人を乗せてるわよ~』
その言葉に背中を押され、人生初のヒッチハイクを決行することにしました。
歩き始めて10分以内。1台目の車がやってきました。
内心ビクビクしながら、親指をたてます。
ドライバーの女性、笑顔で手を振ってくれましたが
すっと通り過ぎていきました(^^;)
そう簡単にはいかないですよね。
2台目・3台目も、みんな笑顔で挨拶してくれるのに止まってもらえず・・・
それからも車は通り過ぎていきます。
だんだんと親指をたてるのにも慣れてきました。
『お仕事っぽいトラックはダメだよね』
『乗用車を狙おう!』
そんな風に話をしながら、そして目的地を目指して歩を進めながら、
こちらへ来る車にサインを出し続けました。
歩き始めて、2時間。
通り過ぎて行った車10数台・・・
気づけば、目的地まであと半分強という距離にまで来ていました。
もうあと半分歩いて、トレッキングをして、さらに帰りもヒッチハイクに失敗したら
乗船予定のフェリーに間に合いません。
残念ながら、Pesuta Shipwreck Hikeをあきらめ、
海岸で昼食をとり、家路につくことへ。
昼食後の帰り道。
どーーーしても、ヒッチハイクを成功させたい!
もうトレッキングするという目的とは全く違うけど、とりあえずヒッチハイクしよう!!
と、心に決めた私たち。
そこにやってきた1台目の獲物(車)。
・・・あ、止まってくれた・・・?
え!?止まってる!
まだ5分も歩いてないのに!
ぃやっほ~~い♪♪
車から出てきたのは、優しそうなおじさん。
『乗っていきな~☆』と言ってくれました。
おじさんは、この島の国立公園周辺の海域を管理しているかた。
レンジャーのような仕事をしているそうです。
車にはフェンダーが載せてありました。
私たちのステイ先が"St.Mary's Spring"の近くだったので、
それを言うと、すぐに場所を理解してくれました。
発車して5分。
ステイ先を通り過ぎました(笑)
この辺り、という詳細が伝わっていませんでした。
ここでも立ちはだかる言葉の壁!
若干、あせりつつも会話を遮ってまで止まってー!
という勇気もなく、着いた場所は、まさに"St.Mary's Spring"
また別のトレッキングポイントです。
こちらは、ステイ先から歩いて10分ほどの場所。
もともとはトレッキングをする予定だったので、ラッキー♪
歩いてみると、"泉"という名前がついているだけあって
湿気の多く、木々が瑞々しい場所でした。
なんとなく、空気も美味しいような気がします。
倒木のほとんどが苔むしており、静かな雰囲気です。
私たちも、自然と言葉少なになりながら歩きました。
目的の場所にはたどり着けなかったけれど、
ここはここで、とても良い場所。
という、ことで!?
『すだ、ここでーす!』
・・・・あとがき・・・・
まさか、最終日にこんな冒険をするとは思いませんでした。
目的通りの場所でトレッキングができていたら、どうなっていたのでしょう。
もしかしたら、帰りのヒッチハイクが失敗してたかもしれません。
ホストマザーが仕事から帰ってきてから、
上手くヒッチハイクができなかったこと、
行きは2時間・帰りは5分だったことを話しました。
あとで調べてみると、ステイ先からトレッキングポイントまでは20km以上。
今回は、あきらめておいてよかったのかも。
この出来事も、自分たちらしいなーと思いつつも
改めて、8月まで旅をともにした愛車のありがたさを感じました。
ゆり
2016年9月27日火曜日
『K'UUNA~ハイイログマの村~』
Unknown
23:17
Haida
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国立公園
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ハイダ・グワイでは、
西洋人が19世紀に持ち込んだ天然痘が猛威を振るい、人口が激減。
およそ3万人ものハイダ族は1880年代半ばまでに、
1000人に満たない数にまで落ち込んだ。
西洋人が持ち込んだ流行病に抗し切れず、
生き残った島民は、村を捨て、別の場所に移動して住まざるを得なくなった。
廃墟と化した集落は、1世紀ほど経過した1981年に世界文化遺産となった。
グワイ・ハアナス国立公園は、環境保全のため年間の入園者を制限し、
ハイダ族の文化や精神を損なうことがないよう細かいルールを設け、今に至る。
ハイダ族主導で始まった取り組みの中で、とても大事な存在がウォッチマンである。
ハイダ族の彼ら自身が、5月から9月の観光シーズンの間、
現代の生活から隔絶された駐在地に住み込み、任地のガイドの役割を果たす。
ウォッチマンが守る地は、いずれ大地に帰る場所。
ウォッチマンは目に見えるものではなく、
目に見えないものに価値を置き、
守り、伝えることが一番の仕事である。
今回、私達はグワイ・ハアナス国立公園の中でも最も北に位置する村の跡、
スケダンを訪れた。
9月下旬
すでに観光シーズンも終盤に来ていた。
ハイダ・グワイでは冬がすぐそこまで来ており、海は時化ることが多くなった。
実際、私達がツアーに参加する2日前まで時化だった。
国立公園内に上陸するには、ゾディアックボートもしくはカヤックしかなく、
時化れば行くことは出来ない。
今回参加したツアーの船長とガイドはハイダ族、
ガイドは若い女性の方だった。
バンクーバー島では上着のみの防寒が多かったが、
ハイダでは上下の防寒着、手袋、ニット帽、そして長靴が用意されていた。
ただ、完全防寒をしていても、ボートが走り出せば寒く感じた。

自然と共に。
彼らハイダ族の想いは、とてもシンプルでかつ力強いものだった。
森には土が必要不可欠である。
その土には命あるものの死が必要不可欠である。
自然と共に成長し、倒れ、やがて土となり、新しい命のための礎になる。
あとがき
日本に着いてから、私の視界の中にはコンクリートや鉄筋が必ず入っています。
可能な限り形をとどめたい、残したいとする一方で、
なくなることを宿命としている世界があることを不思議に感じています。
どちらがいいのかはわかりません。
人と自然の付き合い方の答えは、たくさんあって正解のないものだと思っています。
ただ私個人的にはハイダ族の想いは、とても純粋で尊敬するものでした。
彼らの文化、言葉、神話そして踊りや音楽などの想いが
少しでも多く、未来に紡いでいってほしいと思います。
(2017.3.1)
すだっち
今回、私達はグワイ・ハアナス国立公園の中でも最も北に位置する村の跡、
スケダンを訪れた。
9月下旬
すでに観光シーズンも終盤に来ていた。
ハイダ・グワイでは冬がすぐそこまで来ており、海は時化ることが多くなった。
実際、私達がツアーに参加する2日前まで時化だった。
国立公園内に上陸するには、ゾディアックボートもしくはカヤックしかなく、
時化れば行くことは出来ない。
今回参加したツアーの船長とガイドはハイダ族、
ガイドは若い女性の方だった。
私達の中ではお馴染みとなった防寒着に着替えてから出発する。
バンクーバー島では上着のみの防寒が多かったが、
ハイダでは上下の防寒着、手袋、ニット帽、そして長靴が用意されていた。
ただ、完全防寒をしていても、ボートが走り出せば寒く感じた。
海況は凪
しばらく走ると、岩場で休憩していたアザラシがたくさんいた。
彼らはボートから発するエンジン音に気付くと、一斉に顔を持ち上げ、私達を見た。
そして一目散に海を目指して、身体をくねらせながら岩場を移動していった。
しばらく走ると、岩場で休憩していたアザラシがたくさんいた。
彼らはボートから発するエンジン音に気付くと、一斉に顔を持ち上げ、私達を見た。
そして一目散に海を目指して、身体をくねらせながら岩場を移動していった。
何が起こったのか状況が理解できていない、新生児。
岩場で一人だけになって、やっと海に向かおうとしていた。
その足取りはまだどこかぎこちなかった。
岩場で一人だけになって、やっと海に向かおうとしていた。
その足取りはまだどこかぎこちなかった。
全長は3mを超え、たくましい身体は体重1㌧にもなる。
その身体から発せられる咆哮は圧巻で、岩場に打ち砕ける波の音すらもかき消していた。
その身体から発せられる咆哮は圧巻で、岩場に打ち砕ける波の音すらもかき消していた。
アザラシと大きく違うことは、私達に気付いていてもお構いなし。
のんびりくつろぐメスとは対象的に、若いオスたちは顔を突き合わせ怒鳴りあっていた。
のんびりくつろぐメスとは対象的に、若いオスたちは顔を突き合わせ怒鳴りあっていた。
岩場の上では、彼らが脅威と感じる天敵はいない。
その余裕の表れが全身から出ていて、寝顔は可愛く見えた。
その余裕の表れが全身から出ていて、寝顔は可愛く見えた。
港を出発してから2時間もしない時間で、今回の目的地に到着した。
スケダン(SKEDANS)はグワイ・ハアナス国立公園の中でも最も北に位置する村の跡。
村はハイダ語で「クーナ」、ハイイログマの村という意味をもつ。
スケダン(SKEDANS)はグワイ・ハアナス国立公園の中でも最も北に位置する村の跡。
村はハイダ語で「クーナ」、ハイイログマの村という意味をもつ。
クーナには30以上の家が並び、700人のハイダ族が暮らしていた。
家系はワタリガラスとイーグルがいたそうだ。
すべての家には名前が付けられており、
家屋の正面にはその名前を表す動物や歴史が彫られたトーテムポールが並んでいる。
家系はワタリガラスとイーグルがいたそうだ。
すべての家には名前が付けられており、
家屋の正面にはその名前を表す動物や歴史が彫られたトーテムポールが並んでいる。
所々にコケが付着しているポール。
傾いたり、縦に大きな裂け目があったり。
原材料には腐食に耐性があるシダーが使われているが、
時間の流れを止めることは出来ない。
時間の流れを止めることは出来ない。
ウォッチマンが観光シーズンの数カ月を滞在する建物。
私達が訪れた時はすでに任期を終え在中していないとのこと。
残念ながら、クーナの末裔に逢うことは出来なかった。
ウォッチマンのトーテムポールの保存作業は、
ポールに生えた雑草を除去する程度にとどめることになっている。
彼らの大事な役割、それは自然に還ることを見守ることである。
私達が訪れた時はすでに任期を終え在中していないとのこと。
残念ながら、クーナの末裔に逢うことは出来なかった。
ウォッチマンのトーテムポールの保存作業は、
ポールに生えた雑草を除去する程度にとどめることになっている。
彼らの大事な役割、それは自然に還ることを見守ることである。
海岸でランチを食べていると、3頭のシカが姿を現した。
こちらの様子を窺いながらも、海藻を食べ、
こちらの様子を窺いながらも、海藻を食べ、
私達と同じ海岸で同じように休憩していた。
1頭のシカがこちらに少しずつ近づき、私達を見ている。
このシカ達もウォッチマンと同じように見守り続けているのかもしれない。
このシカ達もウォッチマンと同じように見守り続けているのかもしれない。
午後からはハイダ族のガイドとともに、集落を歩く。
トーテムポール群の後方には当時の住居後が残されている。
住居跡は四角形のくぼみになっており、半地下だった。
集落の酋長の家の前にはひと際大きなトーテムポールがあったそうだ。
そこに描かれている模様は
集落全体の歴史やその家に属する家系の歴史を表していた。
そのトーテムポールを見れば、彼らがどのようにしてこの場所に辿り着いたのかがわかる。
トーテムポール群の後方には当時の住居後が残されている。
住居跡は四角形のくぼみになっており、半地下だった。
集落の酋長の家の前にはひと際大きなトーテムポールがあったそうだ。
そこに描かれている模様は
集落全体の歴史やその家に属する家系の歴史を表していた。
そのトーテムポールを見れば、彼らがどのようにしてこの場所に辿り着いたのかがわかる。
住居を出ると、
目の前には自分達の歴史を表すトーテムポールが並び、
樹々の間から空と海、そして入江の海岸線が見えていたはずだ。
いまでは住居もトーテムポールも当時の姿は残っていないが、
この風景はおそらく変わらないだろう。
目の前には自分達の歴史を表すトーテムポールが並び、
樹々の間から空と海、そして入江の海岸線が見えていたはずだ。
いまでは住居もトーテムポールも当時の姿は残っていないが、
この風景はおそらく変わらないだろう。

倒れたトーテムポールを礎にして、大きく育った樹は
これから森に戻るための大事な一本になるだろう。
これから森に戻るための大事な一本になるだろう。
かつては色鮮やかに塗られ、
物語を語っていたはずの動物たちのポールは、
いまは一面苔生し、その窪みがあることでやっとトーテムポールだと気づく。
いまは一面苔生し、その窪みがあることでやっとトーテムポールだと気づく。
文字を持たなかった彼らが、
トーテムポールに残した想いはとても強かったはず。
そのトーテムポールが朽ち果てていく様を見ると、寂しく思えた。
しかし、抗うことができない時間と自然の力は、
諦めとか腹立たしいとかではなく、
すべてを受け入れるしかないと思わせる絶対的な力だった。
その力を宿したトーテムポールは不思議な魅力を持っていた。
トーテムポールに残した想いはとても強かったはず。
そのトーテムポールが朽ち果てていく様を見ると、寂しく思えた。
しかし、抗うことができない時間と自然の力は、
諦めとか腹立たしいとかではなく、
すべてを受け入れるしかないと思わせる絶対的な力だった。
その力を宿したトーテムポールは不思議な魅力を持っていた。
頂上部分が前方からくり抜かれ、
中に芽吹いたばかりの草や木が生い茂っているトーテムポールがある。
中に芽吹いたばかりの草や木が生い茂っているトーテムポールがある。
亡くなった人が霊的な存在となり、外敵や疫病などの災いから護ってくれることを信じ、
遺灰を一枚板で作ったボックスに入れ、頂上部分に安置していた。
そのぽっかり空いた頂上部分からは、次の生が宿り育っていた。
遺灰を一枚板で作ったボックスに入れ、頂上部分に安置していた。
そのぽっかり空いた頂上部分からは、次の生が宿り育っていた。
墓柱は故人の属する模様がひとつ彫られる。
数十年前に撮られた写真を見て、イーグル家系の墓柱だということがわかる。
自然と共に。
彼らハイダ族の想いは、とてもシンプルでかつ力強いものだった。
森には土が必要不可欠である。
その土には命あるものの死が必要不可欠である。
自然と共に成長し、倒れ、やがて土となり、新しい命のための礎になる。
この集落を離れる前、船長が集落から少し離れた森の中を案内してくれた。
北米で最も古いとされていたハンノキが森の中に横たわっていた。
空を見上げると、樹々の間にぽっかりと青空が広がっていた。
これから先、この場所はどうなっていくのか。
ハイダの想いが沁みこんだこの地はどのように変化していくのか。
北米で最も古いとされていたハンノキが森の中に横たわっていた。
空を見上げると、樹々の間にぽっかりと青空が広がっていた。
これから先、この場所はどうなっていくのか。
ハイダの想いが沁みこんだこの地はどのように変化していくのか。
終わりと始まりのはざま、不思議な場所だった。
日本に着いてから、私の視界の中にはコンクリートや鉄筋が必ず入っています。
可能な限り形をとどめたい、残したいとする一方で、
なくなることを宿命としている世界があることを不思議に感じています。
どちらがいいのかはわかりません。
人と自然の付き合い方の答えは、たくさんあって正解のないものだと思っています。
ただ私個人的にはハイダ族の想いは、とても純粋で尊敬するものでした。
彼らの文化、言葉、神話そして踊りや音楽などの想いが
少しでも多く、未来に紡いでいってほしいと思います。
(2017.3.1)
すだっち
2016年9月16日金曜日
『ハイダ・ベアーに出逢う』
Unknown
20:57
Haida
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動物
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捕食
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ハイダ・グワイに住んでいる多くの島民は、
ハイダ・ベアーは安全な動物だと言う。
ハイダ・ベアーは安全な動物だと言う。
ハイダベアーというのは、ハイダ・グワイに棲むブラックベアー(アメリカクマ)の亜種のことである。
食性は植物食傾向の強い雑食で、
果実・種子・草・昆虫・魚類・動物の死骸などを食べる。
食性は植物食傾向の強い雑食で、
果実・種子・草・昆虫・魚類・動物の死骸などを食べる。
ごく稀に脊椎動物も食べるらしいが、積極的には食べないとされている。
自然が豊かなこの場所には、クマにとって潤沢な食料があり、
トレッキング中に人と遭遇しても襲わないというわけだ。
ただ、一人
声を大にして『そんなことはない』と言い切る女性が身近にいた。
私達がお世話になっているファームステイ先のホストだった。
私達は彼女の恐ろしい体験談を聞いた。
私達は彼女の恐ろしい体験談を聞いた。
クマに襲われた場所は、今まさに私達が生活している母屋
数十年も前の話…実際に彼女は家族を守るために散弾銃でクマを撃ち殺している。
そのクマは数日前にトラックとぶつかっていたようで、
あばら骨を折る大怪我をしていたそうだ。
あばら骨を折る大怪我をしていたそうだ。
きっと痛みから、平常ではなくなって
人に対して怒りがこみあげて行動していたんだと言っていた。
私達とは意思の疎通が取れない野生の動物。
安全だと言われていても、
出会った時に相手はこちらをどう思っているのかはわからない。
そして、ホストはクマと対峙することになった時の対処法を私達に教えてくれた。
この時点では、
私達がのちに2度もクマに遭遇し、
そのうち1回は距離15mの近さで見ることになるとは思ってもいなかった。
毎週土曜日は私達が収穫した野菜・卵・コンブチャをマーケットで売る日。
ただ、お客さんはあまり来ず、とても暇だった。
そこで、私達は自由時間をもらって、近くのトレイルを散策することになった。
川に沿って歩くことが出来るトレイルで、常に潤いを感じる森だった。
森の中を進んでいくと、足元が一面瑞々しいほどの苔に覆われはじめた。
触ってみると、手が苔に包まれるように深く沈みこんだ。
歩いていると、森の中はとても静寂だった。
時折、大きな音が聞こえる。
ガサガサ
キュルキュルキュル
ガリガリガリ
苔生した大地を眺めていれば、ぴょんぴょん跳ねるカエルを見つけることが出来た。
彼は私達の存在に気付くと、飛ぶのをやめ、じっとしながら私たちの動向を窺っていた。
私達も負けじと動かずに彼を見続けた。
苔生した大地に光が当たると、一筋のきらきら光る小さな道があることに気付いた。
その後を辿ると、緑一色の大地に際立つ色のキノコがあった。
彼らは際立つ色を無くそうと、忙しそうにのろのろと動き回っていた。
歩いていると視線を感じることがある。
森を見渡すと、私達よりも遥か上から見下ろされていたことがわかった。
彼らは羽を休めながら、私達を観察していた。
樹齢500年は超える巨樹は太い根を張り、ひっそりとたたずんでいた。
最初はその有様に惚れ、写真を撮っていた。
森を進むにつれて、
巨樹がそこかしこにあることに気付き、撮るのをやめた。
羽を休める場所を、ときには食事を提供し、
突風に耐えられなくなって倒れたときは、次の世代の礎になる。
それが定めであり当然ではあるのだが、それでも彼らから誇らしさを感じた。
歩みを止めて、森を見渡す。
自分自身の感覚が冴えわたっていることに気付く。
この森に棲む動物たちは常にこの感覚を持ちながら生活している。
川を眺めながら、ランチをとっていた。
水の流れる音を聞きながら、水面を眺めていると
バキッ
枝が折れる音が対岸から聞こえた。
水の流れる音を聞きながら、水面を眺めていると
バキッ
枝が折れる音が対岸から聞こえた。
大きな身体からは釣り合わない歩く音の少なさ
それでもたまに聞こえる枝の折れる音と
彼が私達にむけた視線は
確かな存在感を感じることが出来た。
彼は私達をちらっと見て、さらに川をちらっと見て。
数歩川縁を歩いただけで、また森の中に帰って行った。
これが初めてのハイダ・ベアーの出逢いだった。
2週間後、同じトレイルを歩いた。
島民からは、ハイダベアーを見れただけでもとても幸運と言われていた。
滅多に逢えるものではない。
それでも、心の中では「また逢えますように」と念じながら歩いていた。
水の跳ねる音がそこらじゅうから聞こえていた。
よくよく川の中をのぞきこんで見ると、たくさんのサーモンが遡上していた。
コブの大きいサーモンは、
近づいてくる他のサーモンを追い払いながら、今か今かと焦りながら泳いでいた。
いま目の前の川の中では、熾烈なオス同士の戦いと、新しい命の誕生が見れた。
そんな様子を動画におさめることに夢中になっていたら、
また森の中から枝の折れる音が聞こえた。
音の先を見ても、まだ信じられなかった。
しかも今回は川幅15mの対岸、すぐ目の前にいる。
確実に彼は私達の存在を理解していた。
それでも、彼は私達の目の前に出てきて、川をのぞきこんでいた。
ぜひ、ここからは動画を見てほしい。
若い彼は、何度かサーモンを捕ることに失敗している。
最終的に捕まえられたサーモンも、彼にとっては予想外だったのか、
少し驚いているように見えた。
どこか愛らしく、ラッキーってつぶやいているようにさえ思える。
若い彼は、何度かサーモンを捕ることに失敗している。
最終的に捕まえられたサーモンも、彼にとっては予想外だったのか、
少し驚いているように見えた。
どこか愛らしく、ラッキーってつぶやいているようにさえ思える。
あとがき
2017年2月18日早朝に無事日本に帰国しました。
きっかり1年間、カナダを楽しんできました。
充実した時間を過ごし、また多くの学びと友達が出来ました。
感謝です。
残念なのは、このブログをいまこうして日本で書いている事。
そのときの想いを、可能であればその時点で残したかったのですが、
ハイダグワイではネット環境が整っておらず、どんどん先送りになってしまいました。
日記にしたためた想いを見返し、写真を整理しながら、ちまちまと書いていきます。
このブログを書き終わらなければ、
私の中ではカナダ旅は終わっていないようにも感じています。
(2017.2.22)
すだっち
2017年2月18日早朝に無事日本に帰国しました。
きっかり1年間、カナダを楽しんできました。
充実した時間を過ごし、また多くの学びと友達が出来ました。
感謝です。
残念なのは、このブログをいまこうして日本で書いている事。
そのときの想いを、可能であればその時点で残したかったのですが、
ハイダグワイではネット環境が整っておらず、どんどん先送りになってしまいました。
日記にしたためた想いを見返し、写真を整理しながら、ちまちまと書いていきます。
このブログを書き終わらなければ、
私の中ではカナダ旅は終わっていないようにも感じています。
(2017.2.22)
すだっち
2016年9月3日土曜日
『ハイダスタイル』
電車・長距離バス・フェリーを乗り継いで到着したハイダ・グワイ。
約1カ月の滞在となります。短期間だし、フェリーに車を乗せるための船賃がかなり高額なため、
愛車を手放し、今月からは車なしの生活です。
ステイ先から買い物などができる町・港までは車で30分。
(ただし、カナディアンは100km/h近くスピードをだして運転します)
1軒1軒の間隔も広く、どこへ行くにも車が必要な場所でした。
かなり期待値を高くして来たので、あちこち見て周らなきゃもったいない!到着し、ホストと共に夕食を食べたあと
早速、目の前の海岸を散歩しました。
時刻は夜8時ころ。
まだまだ明るく、足元もしっかり見えることに違和感を覚えつつ歩きました。今回のホストは今までで、いちばん地域のイベント?に参加されていました。
毎週土・日曜日のファーマーズマーケットには必ず出店しています。
畑で取れた新鮮な野菜。
飼っているヤギから取れたミルクでチーズやヨーグルトも作ります。
コンブチャという発酵させた微炭酸の飲み物は、とてもお客様からの反応が良かったです。
(バンクーバー島でお世話になったホストもコンブチャを手作りしてました。)
マーケットに出ている数時間、店を離れて散策させてもらえることもありました。
ステイ先から遠く、あまり町を見られない私たちにとって、とてもありがたい時間です。
鳥が見つめる先にある島まで以前は橋が架かっていたそうです。今でも橋が架かっていたころの名残で、装置がそのままになっています。
そんな自由時間があることもあれば、
商品のジャムを作るために必要なブラックベリー摘みの任務が入ることも!
マーケット横の海岸線には、一面にブラックベリーがなっています。
枝についている棘と格闘しながら、甘くて大きな実を狙って摘み取ります。
4リットルのバケツに2つ分!
何個分のジャムができあがるかわかりませんが、この翌週もベリー摘みをしました。
摘むのは楽しいし、実質材料費ゼロというお得感!!
つまみ食いをしながら作業していると、時間はあっという間に過ぎていきました。
このステイ先は、お母さんとお祖父さんの2人が畑や動物の世話をしています。
以前の2つのステイ先とは違い、ホストマザーが現役で働きに出ているため、
平日はほとんど指示なしで作業します。
1日3時間、もしくは週の合計が21時間になるように働いてくれればよいと言われました。
休日が欲しければ、1日分の時間を延ばしたりして自分で調整します。
自由なのか、放っておかれているのか(^^;)
今日やってほしいこと。今週中にやってほしいことは決まっていたので
そこまで困ることはありませんでしたが、やはり質問したいときにできないのは大変でした。
まずは、去年から畑にした場所の雑草を抜き耕すこと。
1度目の収穫は終えたけど、まだ土の養分が足りないので
改めて耕し、種植えができる状態にしておいてというざっくりとした指示。
注意点は、収穫が終わっていない枝豆やかぼちゃを倒さないことのみ。
何列分欲しいのか、何を植えるのかということが決まっていなかったので
私たちの好きなように耕し、区画分けしました。
ステイが終わるころに、枝豆もふくらみ食べごろの大きさに成長しました。
そして、ニワトリ小屋の掃除。
今まででいちばん汚かった・・・いえ、掃除のし甲斐のある小屋でした!!
また、卵を産めるほどに成長したニワトリを、小さな小屋から大きな小屋へ移したり。
まさか、両脇にニワトリを抱えることになるとは思いませんでした。
ビビリながら抱っこしましたが、割とおとなしく抱っこさせてくれました。
まだまだあります、仕事内容!
毎日、番犬ビッキーとともに、仕事に励みました。
とても賢いワンちゃんで、ニワトリを狙う猛禽類が来たり、シカ・クマが近くにいると吠えて知らせてくれます。
私たちがニワトリの卵を取っている間も、
野菜の収穫をしている間もずっと一緒にいました。
家族の中で、いちばん一緒に過ごしたワンちゃんです。
今回、何度威嚇射撃で追い払っても戻ってきてしまうタカがいたので、
4回目に戻ってきた時に撃ち落とすことになってしまいました。
ニワトリを守るためとはいえ、すぐにライフルが出てくる状況は考えさせられました。
また、ヤギのエサをあげたり、小屋の掃除をしたり。
なんだかんだと、1日5~6時間は働いていた気がします。
3時間でやめていいのに、日本人の気質なのでしょうか?
気になると、作業の手をとめられない・・・
まだお乳を飲んでいる小さなヤギが、人懐こく可愛かったです。私の洋服のヒモをはむはむと噛んできました。
不要になった板や動物のエサが入っていた紙袋などをいっぺんに燃やしました。
乾燥していて、かつ風があると火が他に移ってしまうため、
風のない日、適度に雨が降ったあとというベストな条件が揃った日に行いました。
火が大好きなすだっちの活躍の場!
もう火種を作ったり、木を組んだりするのはお手の物です。
火の番をしながらのホットドッグとコンブチャを楽しみました。
そんな姿を気に入ったホストマザーが写真を撮ってくれました。
毎回、ファームを手伝ってくれる人の気に入った場面があると撮影して残しておくそうです。
いつまでも覚えていられるように、写真やそのときの出来事を書き留めてるのだとか(^^)
1カ月弱という短期間、かつホスト不在の日が多いにも関わらずかなり濃い滞在になりました。
街灯もなく、隣家の明かりもないため
星が降り注いでくるように思えるほど、大きく感じました。
ハイダ・グワイでもオーロラが見えるよ。と教えてもらいましたが、
残念ながら、私たちの滞在中はオーロラは見られませんでした。
・・・・あとがき・・・・
本当に、かなり濃い1カ月でした。
いちばん、いろいろなことに挑戦させてもらえました。
パン・コンブチャ・ワイン・チーズ・ヨーグルト・石鹸など、
他にも手作りしているもののレシピを教わりました。
現在、実践しているのはパンとコンブチャ。
自分で言うのもなんですが、なかなか上手くいっているように思います。
庭に放し飼いにしているカモちゃんズのためのプールづくり。
9月後半からは、ほとんどが雨模様になるハイダ・グワイ。
かなりの量の水が溜まるため、毎年、カモのためにプールを作るそうです。
こちらも注意点は、車が走るところに水が流れないようにすることのみ!
穴をほり、石でかため、水が溜まりやすいように木で少し堰き止められるようにしました。
カモちゃんたちは、楽しんでくれたかな~
ゆり
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